ミステリアスな街、ソウル
ある物が100分の1を占める理由
韓国の国土面積の100分の1を占めるものは何か?
答えは墓地である。単純計算して韓国の首都・ソウルの1.6倍を占める。韓国は驚くべき墓地大国である。しかも、墓地の平均面積は住宅の3.5倍である。なぜこれほど広いお墓を造るのだろうか?
実は、韓国は風水大国である。その影響力は本場中国以上、国内最大の宗教とも言われている。お墓が広いのも、土地が本来持っているエネルギーを人生に活かそうという風水の発想によるものである。
しかし、本来は幸せになるために利用する風水が、韓国では思わぬ悲劇を招いてきた。特にソウルの歴史は風水に翻弄された歴史と言える。
答えは墓地である。単純計算して韓国の首都・ソウルの1.6倍を占める。韓国は驚くべき墓地大国である。しかも、墓地の平均面積は住宅の3.5倍である。なぜこれほど広いお墓を造るのだろうか?
実は、韓国は風水大国である。その影響力は本場中国以上、国内最大の宗教とも言われている。お墓が広いのも、土地が本来持っているエネルギーを人生に活かそうという風水の発想によるものである。
しかし、本来は幸せになるために利用する風水が、韓国では思わぬ悲劇を招いてきた。特にソウルの歴史は風水に翻弄された歴史と言える。
ソウル遷都の秘密、そして悲劇
ソウルの歴史は、高麗の武将、李成桂がクーデターを起こして政権を掌握し、1392年に朝鮮王朝を建国した事から始まる。李成桂は最初、高麗時代と同じく首都を朝鮮半島のほぼ中央に位置するケソンにするつもりでいた。しかし、風水師などの集団「青雲観官」にケソンを首都にする事を反対される。理由は「ケソンは運気が衰えて悪い土地となってしまったから」である。そのため李成桂は急遽新都の候補地を探す事になる。
その結果ソウル遷都が決まり首都建設が始まるのだが、宮殿内の玉座の向きを決めるのに風水師を初めとする仏教派と、伝統と常識を重んじた儒教派が激しく対立する。李成桂は悩んだ結果、儒教派が主張する南向きに決める。首都建設において主導権を握っていた風水派が初めて意見を退けられたのだ。もちろん風水師・仏教派は黙っていない。「僧侶の進言を無視して都をつくると、200年以内に外部から災いがもたらされる」と予言を残す。その結果、李成桂が即位してからちょうど200年後の1592年、豊臣秀吉による文禄の役、慶長の役が起こり、日本・韓国双方に多大な犠牲をもたらした。
風水師はソウルの運気が落ちているとして再び遷都する事を推進するが、政治家たちはそれを許さなかった。「政治の失敗を土地のせいにするのはおかしい」という理由である。しかし、それからというもの、日本による朝鮮併合、第二次世界大戦。戦争が終わったと思ったら米露の冷戦によって朝鮮戦争が勃発し、挙句の果てには国が南北に分断されてしまうという悲劇の連続である。
その結果ソウル遷都が決まり首都建設が始まるのだが、宮殿内の玉座の向きを決めるのに風水師を初めとする仏教派と、伝統と常識を重んじた儒教派が激しく対立する。李成桂は悩んだ結果、儒教派が主張する南向きに決める。首都建設において主導権を握っていた風水派が初めて意見を退けられたのだ。もちろん風水師・仏教派は黙っていない。「僧侶の進言を無視して都をつくると、200年以内に外部から災いがもたらされる」と予言を残す。その結果、李成桂が即位してからちょうど200年後の1592年、豊臣秀吉による文禄の役、慶長の役が起こり、日本・韓国双方に多大な犠牲をもたらした。
風水師はソウルの運気が落ちているとして再び遷都する事を推進するが、政治家たちはそれを許さなかった。「政治の失敗を土地のせいにするのはおかしい」という理由である。しかし、それからというもの、日本による朝鮮併合、第二次世界大戦。戦争が終わったと思ったら米露の冷戦によって朝鮮戦争が勃発し、挙句の果てには国が南北に分断されてしまうという悲劇の連続である。
ミステリアスな近代都市へ
もちろん全てがソウルの運気が落ちているからというわけではないが、風水師の見立てが少なからず当たっている事は否定できない。しかしソウルはそんな歴史さえもミステリアスな魅力に変えて、高層ビル群の立ち並ぶ近代都市の道を歩み続ける。ソウルは過去の光と影両方を纏いながら、これからも進化するのだ。